シドクリ通信第99号

【芳賀さんと寂聴さんのこと】

 医師として駆け出しの頃、インドに興味があった私は、たまたま新聞に紹介されていた芳賀明夫さんと知り合いました。芳賀さんは当時講談社の編集者でしたが、学生時代にインド哲学を学び、インド語が堪能で、西アジアに関する文化講座「ダルマサンガ」を主宰していました。文化講座と言っても、インドファン・芳賀ファンが集まって、インド語やヨガを学び、インドカレーを食べたりインドについて語り合うざっくばらんな会でした。

 ダルマサンガは年に数回、インド旅行を実施していました。会員であれば誰でも参加できるので、私も何度かご一緒させていただきました。一方、芳賀さんは仕事では瀬戸内寂聴さんを担当していて、寂聴さんのみならず、松本清張さん、遠藤周作さんなどの文化人をインドにご案内していました。

 1991年4月、湾岸戦争が終結し、世界中に虚無感が漂っていた頃、私のヨルダン大使館の勤務も終盤を迎え、私は家族を日本に帰し、帰国の時期を待っていました。その頃、突然東京の芳賀さんから連絡がありました。「寂聴さんが戦争反対を唱えて断食をして、58000ドルのカンパが集まった。ついては寂聴さんと一緒にイラクに行って薬を届けたい。イラクにはヨルダンからしか入れないので、ヨルダンでその金額分の薬を用意してほしい。薬の選択はお任せする」といった内容でした。これは大変!とばかり、私は知人のヨルダン人薬剤師を訪ねてこのミッションを伝え、爆撃を受けたイラクで必要と思われる薬のリストを作成し、その金額分の薬の用意をお願いしました。薬剤師もこのミッションの重大さに驚いていましたが、彼は僅か3日間ですべての薬を用意してくれたのです。

 4月16日に寂聴さん(当時69歳)と、芳賀さんと出版社勤務の阿部さんという男性がアンマンに到着しました。当時、私は自宅を解約し、キッチン付きのホテルに住んでいましたので、お客様用に私の隣りの3室を取りました。私の車で薬剤師の自宅や、赤十字社、赤新月社、イラク大使館などを回り、夜は郊外のレストランでアラブ料理を食べました。隣のテーブルにいた女の子が、寂聴さんの頭が気になったのか、私たちのテーブルに近づいてきました。寂聴さんは女の子に満面の笑みを浮かべ、持っていたメモ用紙にさらさらとイラストを描いて、女の子にプレゼントしました。家族のいるテーブルに戻り、嬉しそうにしていた女の子の姿を思い出します。

 2日後、ご一行は別便で送った薬とともにイラクに向かって出発しました。詳細は「寂聴イラクをゆく」(スピーチ・バルーン社刊/平成3年)に書かれています。

 大使館勤務を終え、ヨルダンから帰国した私は、芳賀さんと一緒に京都の寂庵を訪ね、夜は寂聴さんのご案内で高級料亭でご馳走になりました。お食事を頂戴しながら、寂聴さんは結婚や不倫の話、小説の話、仏教の話、平和の話など、ユーモアたっぷりにお話しされました。寂聴さんの歯に衣着せぬ物言いには、私は心から引き込まれました。寂聴さんは激動の人生の末に到達した深い人間愛の持ち主であると思いました。また、寂聴さんと芳賀さんの間には、作家と編集者を超越した連帯感があると感じました。

 以来、私は寂聴さんの行動に注目してきました。京都・寂庵や岩手・天台寺の青空説法や、雲仙普賢岳や東日本大震災の災害支援活動の報道を知り、また家族で寂聴さんの講演会にも伺いました。一方、芳賀さんは定年退職後、インドの大学に職を得て、現地でご家族と一緒に生活し、その後は東京やフィジーに住んで、東京にいる時はダルマサンガの仲間と時々懇談の場を持ちました。

 湾岸戦争から30年後の2021年7月に芳賀さんは79歳で亡くなりました。芳賀さん亡き後、寂聴さんは毎日芳賀さんの戒名をお経に上げていたそうです。そして4か月後の11月、今度は寂聴さんが99歳で亡くなりました。芳賀さんが寂聴さんを呼んだのか、寂聴さんが芳賀さんを追ったのか分かりませんが、今、お二人はあの世で楽しく盛り上がっていることと思います。私にとっても大きな影響を受けたお二人のご冥福を心よりお祈りしたいと思います。


【2022年を迎えて】

 あけましておめでとうございます。新年を迎え、当院は開院25年になりました。25年前、ピカピカのクリニックで開院披露宴を開き、100人を超える友人・知人から激励を受けましたが、その中の15人以上の方はすでに他界されました。開業当時から診療している患者さんとは20年以上のお付き合いとなり、病院時代からの患者さんとは30~40年になりました。

 ここ最近の重大な出来事は、何と言っても東日本大震災とCOVID-19でしょう。前者は東日本のあちこちに爪痕を残し、後者は現在第6波の真っ只中にあります。寂聴さんは私に無常(つねならず)という言葉を教えてくださいました。「どん底の状態は永久には続かず、いつか必ず希望が見えてくる」という意味です。この惨禍もいつかは収束することを信じましょう。

 それでは本年もどうぞよろしくお願いいたします。


【お知らせ】

・当院は保険医療機関です。初診時と毎月初回の受診時には、必ず保険証をご提示ください。自立支援医療をご利用の方は、受診の都度、受給者証を提示してください。

・新型コロナウイルス感染対策として、当院では待合室に手指消毒剤を常備し、受付にアクリル板を設置し、診察室では3メートルのsocial distanceを取っています。待合室が密にならないように、時間通りの診療に心がけていますので、ご協力をよろしくお願いします。

・処方箋を受け取った方は、調剤薬局に提出する前に、必ず内容をご確認ください。

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